「ニッポンの国宝100 17号」

ともに桃山時代の“絢爛”と“詫び”の境地! 『智積院 楓図・桜図』と『妙喜庵 待庵』です。

『智積院 楓図・桜図』 秀吉が幼くして亡くした息子・鶴松を弔うために建てた祥雲寺の障壁画。 桃山画壇に食い込む野心を抱き、長谷川等伯が息子・久蔵と描いた金箔の障壁画が『楓図』『桜図』です。

しかし、将来を期待された久蔵はこの桜図を完成させた直後25歳の若さで亡くなり、この親子共演の本作が遺作となります。 つまり秀吉の息子を弔い絵師として成功する野望ための仕事が、自分の息子を亡くす結果となったわけですね。。 しかも、この大役を射止めるにあたっては当時君臨していた狩野永徳が急死し、狩野派→長谷川派にこの仕事が変更されたというのです。 等伯の貪欲さ、そしてなんたる因縁…。 初の大仕事にかける等伯親子の気迫、生命力を思いながら鑑賞してみたいと思います。 この『桜図』を暗闇の中、行灯だけで見ると花びらが白く浮き上がり夜桜に見えるとか!

「国宝 解体新書」では、親子絵師をご紹介。 北斎も上村松園も河鍋暁斎も親子で絵師でした。受け継がれた血の濃度はいかに。  『妙喜庵 待庵』

狭い空間、好きですか〜っ?!(わたしは大好きです。) 茶人・千利休設計による現存唯一の茶室「待庵」は1畳の次ぎの間+2畳という狭小極まる空間! この空間で千利休とお茶を飲んだらいったいどんなことになるのでしょう。(しかし、利休はここを造っただけで使用したという確証がないとか?!ミステリーだそうです) 狭い空間で時間をともにするということ、そこに茶という総合芸術が加われば、人と人が親密にならないわけがありません。

どんな高貴な身分の人でも必ず通る躙り口(にじりぐち)は高さ79センチ。 その先にある究極のもてなしの究極の小空間は、ワラを混ぜ込んだ荒々しく粗末な壁。 部屋の様式も新しいものは全くなく、すでにあるものから“わび”にふさわしいものを選び、新しい命を吹き込んだのです。 「国宝 原寸美術館」ではこの粗末な土壁をご紹介。 竹を切っただけの簡素な花入れに生けられた花の色が土壁に映えます。

「国宝 くらべる大図鑑」では国宝茶室を徹底比較。 如庵(愛知県犬山市)・密庵(京都大徳寺龍光院)と待庵をくらべます。 ※おせっかいコラムでは、この3つの茶室と卓球台の広さをわかりやすく図解!w 笑えます〜 ========================= アートディレクション/濱中茂治 デザイン/小宮山大輔・刈田千絵 =========================  週刊ニッポンの国宝100 公式サイト https://www.shogakukan.co.jp/pr/kokuhou100/

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